遺産分割協議と法定単純承認
2025/01/03
今回の事例
Aさんは、お父さんが亡くなったときの相続において、遺産分割協議の結果、遺産を一切取得しませんでした。
その後、お父さんに夫妻があることが発覚しました。
Aさんは、相続放棄できるでしょうか?
この問題は、言い換えると遺産分割協議を行うことは法定単純承認にあたるかという問題です。法定単純承認にあたる行為をすると、相続放棄はできなくなるからです。
(法定単純承認)
第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
2 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
民法921条(法定単純承認)
民法921条は、法定単純承認に該当する事項を定めています。同条各号に該当するような行為を行った場合、「相続を承認します」とはっきり言わなくても、相続を承認したものとみなされます。そして、一度相続を承認すると、相続放棄はできなくなってしまいます。
民法921条は法定単純承認にあたる事項として、1号から3号まで定めていますが、今回の事案で問題になるのは1号になります。遺産分割協議は、「相続財産の全部又は一部を処分したとき」に該当するのでしょうか?
なお、遺産分割協議の結果、遺産を取得した場合は、単純承認にあたる可能性が極めて高いことは言うまでもありません。
遺産分割協議とは?
そもそも、遺産分割協議とは何でしょうか?
遺産分割協議とは、遺産をどのように分けるかを決める話し合いのことです。この話し合いには、遺産を取得する権利がある人=相続人しか参加することができません。とするならば、遺産分割協議に参加する行為は、自分が相続人であると認める行為にほかならず、いったん自分を相続人と認めた以上、相続を単純承認したことになり、以後、相続放棄はできないようにも思えます。
相続放棄をしていたら?
今回の事例では、Aさんは、遺産分割協議には参加したものの、遺産を一切取得しませんでした。それにもかかわらず、債務だけ承継するとしたら、Aさんに酷な気もします。
もし、Aさんが、遺産分割協議に参加する道を取らずに、相続放棄をしていたらどうなるでしょうか?相続放棄をすると、遺産の一切を承継することはありません。ここまでは、遺産分割協議の場合と変わりません。相続放棄の場合の違いは、債務を引き継がない点にあります。同じ、承継財産ゼロという結論でも、遺産分割協議の場合には相続人ではあるが承継財産がゼロであるのに対し、相続放棄の場合には、相続人でもなくなるからです。
遺産分割協議と相続放棄を比べると、債権者が現れるまでは結論が変わらなかったのに、債権者が現れたとたんに大きな違いが生じることになります。多くの方は、遺産がいらないという場合でも、時間と費用をかけて相続放棄をすることはせずに、自分の取得分ゼロという内容の遺産分割協議書に署名捺印をする方法を取るはずです。
遺産を取得しなったという結論は変わらないのに、相続放棄を選択せず、遺産分割協議を選択した場合だけ、債権者が現れた場合に、債務を負担しなくてはならないとしたら、均衡を欠いたり、不合理であるようにも思えます。
さらには、遺産分割協議を放棄もしていなかった場合には、熟慮期間の起算点が債権者からの通知等で債務の存在を知ったときとすることができるので、何もしていないときも相続放棄できることになります。
一度行った遺産分割協議を無効にできたり、遺産分割協議が単純承認事由にあたらなければ、相続放棄できるようになり、最初から相続放棄をしていた場合と均衡を欠くこともないと思いますが、どうでしょうか?
裁判所の判断は?
今回の事例を考える場合に、注目すべき裁判例があります。大阪高等裁判所平成10年2月9日決定(判例タイムズ985号257頁)です。その要旨はおおよそ次の通りです。
大阪高等裁判所平成10年2月9日決定の要旨
・原則として、遺産分割協議をした行為は、相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきである。
・ただ、特定の場合には、遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。
裁判例から言えること
裁判例から言えることを私なりにまとめると、次のようになります。
まず、遺産分割協議をすることは、原則として、法定単純承認事由に該当します。従って、遺産分割協議をしてしまったら、以降、相続放棄はできないことが原則です。
しかし、遺産分割協議の結果財産を取得しないとか、遺産分割協議時に債務の存在を認識していなかったなど、特定の場合には、遺産分割協議が要素の錯誤により無効となる余地があります。遺産分割協議が無効となれば、遺産分割協議=処分行為もなかったことになるので、法定単純承認の効果も発生しないことになります。
どのような事情があれば、遺産分割協議が無効になるのかはっきりしないですし、あくまで、「余地がある」だけであり、必ず無効になるわけではないので注意が必要です。例えば、債務の存在を認識していなかったが、少し調べれば気が付いたであろう場合はどうなのかとか、債務の存在に薄々気がついていた場合はどうなるのか、債務の存在に気が付いていた場合はどうなるのか、等々何とも言えない部分があるというのが正直なところです。
相続放棄の仕組の確認
ここで、相続放棄の仕組みについて確認しておきたい思います。
相続放棄をしようと思った場合、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、相続放棄申述書を提出することになります。その後、通常は、照会書が送られてきます。照会書を裁判所に返送し、特に問題なければ、相続放棄の申述は受理されます。この相続放棄の申述の手続きにおいては、要件を充たしているかについての審理もないし、債権者等の利害関係人の意見を聴く機会を設けられたりもしません。そして、明らかに却下すべきである場合を除き、相続放棄の申述は受理される扱いになっています。
では、相続放棄に納得できない債権者はどうするか。債権者は債権の請求手続きにおいて、相続放棄の無効を主張することになります。相続放棄が無効かどうかは実質的には、この訴訟手続き中において争われることになります。
なお、このページでは、以降、「相続放棄が認められる」という言葉を、債権者に対し、相続放棄を主張できるという意味で用います。
遺産分割協議未了の場合
遺産分割協議が行われていない場合、相続放棄できる可能性が高いので、相続放棄を検討することになります。今場合の熟慮期間(3か月)の起算点は、債権者からの通知等で負債があることを知った日として、申述書を作成することになります。
遺産分割協議後に債務が発見された場合
この場合に、相続放棄できるかは、ケースバイケースになります。現時点での裁判例から言えることは、相続放棄できる余地があるということです。この場合、相続放棄の申述書を出し、仮に受理されても、債権者との訴訟が控えている可能性があります。
「債務」の内容・状況にも注意
相続放棄を検討する際、別の方法が取れる可能性も検討したほうがよい場合もあります。債権者からの督促状や連絡が来ても、必ずしも支払い義務があるとは限らないからです。被相続人が債権者に対して主張できた事柄は、相続人も債権者に主張できるのです。
特に注意すべきは時効の問題です。債権回収業者等から、かなり古い債権の督促状が来ることがありますが、時効期間が満了していれば、時効の援用をすることで問題が解決することもあります。仮に相続放棄できなくても、時効の援用で解決できる可能性もあるので、相続放棄だけでなく、時効援用ができるかも検討してみるとよいと思います。
債権者から連絡が来たからと言って、必ずしも支払い義務のある債務があるとは限らないので、ご注意ください。
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